牧師室

五千人の給食のあと、弟子たちを船に乗せ向こう岸へと向かわせる。その際に起こる嵐。そこで次の奇蹟が行われる。
五千人の給食より、会衆の思いが見えてくる。一方、弟子たちはイエスをメシアと理解出来ない様子がうかがえる。
自分の十字架を担うとは、いったいどう言う意味だろうか。 派遣される、弟子たちに向けられた言われたイエスさまのことば。 当時の事を思いつつ、初代教会に残したマタイの文章とその思い。そして、私たちの時代向けて、この御言葉を一週間味わいたいと思います。
平和ではなく剣をもたらすために来た、とはをお話しします。 分断ではなく、愛によって繋ぐメッセージです。
「収穫は多いが」をお題として、聖書のお話しを幾度となく聞いてきました。ですが、イエスさまが言われた時代背景とはどうであっただろう。今の日本の状況と垣間見る。
癒し、悪霊の追い出しの繰り返しです。 心から喜ぶ人、一方でパリサイ人はイエスの行動に邪揄する。
今回は会堂管理者からの要望があって、危篤状態の娘(12歳)のところに行く途中に起きた奇蹟。 ユダヤ社会においては、共同体に決して入れない孤独に満ちた女性のおはなしです。「あなたの信仰があなたを癒した。安心していきなさい。」多くの人の中で宣言されたイエスさまの尊いことば。
ガリラヤ湖の対岸に渡られたイエスの一行。そこは異邦人の地であった。 そしてゲラサの村へ向かう途中、悪い霊に憑かれた男性二人が鎖に繋がれていた。イエスは早速、その二人と対峙する。
この日、イエスさまにとって多くの出来事が起こる。それはベルゼブル論争から始まり、弟子たちには奥義を示され、会衆には譬えを持ってのみ話される。ここからは、弟子たちへの信仰、教育をされる。
日本の文化では、ちょうどお盆の時期です。キリスト教において、お盆とお祭りとはどのように受け止め、関わっているのか。私の場合は、偶像礼拝であると教わり、厳しいお沙汰が下されたのだが、それが、自身の生き方にどのような変化をもたらしたのか? この時期だからこそ考えてみたい。

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