皆さま、ごきげんよう。
今週、私たちは東日本大震災から十五年の節目を迎えました。あの日を思い起こしながら、それぞれの歩みと祈りを主の前に覚える一週間となりました。今週もさまざまな催しがあり、あっという間に過ぎていった一週間でもありました。
またこの時期、教会の暦では受難節の歩みが続いています。前回は、主イエスさまが裁判にかけられた場面を通して、みことばから深いメッセージをいただきました。
今週は少し視点を変えて、一度イエスさまの受難の物語から離れ、ダビデの悔い改めの姿を通して学ぶ時間としたいと思っています。
イエスさまの裁判の場面を思うとき、宗教家たちや祭司たち、さらにはお金で動かされた人々の姿がそこにありました。もしその人々の中に、ダビデのような悔い改めがあったならばどうだっただろうか、と考えさせられることがあります。
しかし同時に、私たちは覚えます。十字架は人間の罪によって起こった出来事でありながら、同時に神さまの救いのご計画の中で備えられた、かけがえのない出来事でした。神さまはこの時を、ご自身の時として選ばれたのです。
その十字架の恵みを思いながら、今週も静かにみことばに耳を傾けていきたいと思います。
神さまが与えてくださっているこの恵みの時を、共に受け取ってまいりましょう。
