一つにされる恵みの中で生きる

1月の終わりに差しかかり、季節の移ろいと共に新しい月を迎えようとしています。社会の動きの中で将来を思う機会も増えるこの頃ですが、希望を失わず歩んでいきたいと願っています。2月の日々がこれまで以上に守られ、恵みと祝福に満ちたものとなりますよう心からお祈り申し上げます。
明日のバイブルカフェのご案内です。
ライブ配信はいつも通りに行います。

ただ、バイブルカフェはインフルエンザBにかかった人がいるのでクローズと致します。

ダウンロード
上記と同じ用紙PDF版
分かち合いテーマ 一つにされる恵みの中で生きる .pdf
PDFファイル 70.4 KB

※ 当内容に関係のないコメントはご遠慮ください。

  中傷や不適切な表現を含む投稿もお控えくださいますようお願いいたします。

コメントをお書きください

コメント: 2
  • #1

    佐藤多津子 (日曜日, 01 2月 2026 12:00)

    主の聖名を賛美します。以下、レジメの「考えてみよう」に関する私の回答です。

    1.の「考えてみよう」に関して
    「みんな仲良く」と言われると、「仲良くなれない」という感情を抱かせる出来事が隠れている関係性だと感じてしまいます。特定の人物の趣味、思考によって選択されることが関係性を決定づけるため、個々の個性や違いを認めないという印象を受けます。「イエス様が祈っている」と言われると、現実の人間関係において特定の個人からの命令や要望ではないと感じ、安心感を抱きます。

    2.の「考えてみよう」に関して
    「合わない」と感じることはあります。出来事の捉え方はこれまでの生き方の影響を受けると思うからです。一対一の人間関係でその出来事を考えるとぎくしゃくしてしまいそうですが、「同じ神様の家族」だと思えたら、「合わない」ことはお互いが補完しあう関係であることに気づくことができます。

    3.の「考えてみよう」に関して
    傷ついたことはありません。傷つけたことについても、なかったと思います。
    ただ、長女が夫婦関係で大変傷ついた様を間近で見ました。
    長女たちはキリスト教式の結婚式でしたので、長女の気持ちに寄り添いながら結婚における仲介者は神様であるから神様にその出来事について祈っていくと明言しました。
    長女の件が手掛かりとなりますが、「同じ神様の家族だ」と思えたら何が変わるかと考えたとき、家族としてくださったのは神様であることを意識します。祈って問題が生じた人間関係を神様の仲介によって変えていただくことができると信じることはできると思います。
    以上です。メッセージに感謝です。アーメン。

  • #2

    なかさん (日曜日, 01 2月 2026 21:46)

    分かち合ってくださり、ありがとうございます。

    ①の気づき、とても大切ですね。「みんな仲良く」ではなく、「イエスさまが祈っておられる一致」と受け止められていることに、深い安心があるのだと感じました。

    ②の「合わないけれど、同じ神さまの家族」という視点も本当にその通りですね。違いが対立ではなく、補い合う関係に変えられていく希望を覚えます。

    ③のお嬢さまのことを通して、「神さまが仲介してくださる」という信仰に立っておられる姿に心打たれました。関係を神さまにゆだねて祈ること、それ自体が一致に生きる歩みですね。

    こちらこそ、温かい証しをありがとうございました。アーメン。