クリスマスシーズンが続いています。
リース作りもあれば、クリスマス会を催すなど色々です。
ともあれ、今までお見えになる事がなかった方々が参加して下さるのは嬉しい事です。
当所はその為の準備を、有志で行ってくれました。
ですが楽しみも忘れはしません。
ミニリースを作ってみました。

聖なる方に倣って

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聖餐式礼拝

久し振りに山形から義道夫婦が孫(叶恵)と一緒に帰宅した。
山形で働く様子などの話がされ参加者と共に喜んだ。
礼拝では聖餐式もあり、共にイエス様の御業を喜び、感謝した。
その後は「いこいのみぎわ教会」にも挨拶に行き、
共に喜ばれたとの事でした。
案の定、その夜は「夜泣き」でしたが、
多くの方と顔を合わせる事ができたのは幸いでした。
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聖書の話し2

   さて、来年の継続で、本日(2018年2月11日)から「使徒の働き」を通して当時のクリスチャン像を考察しようと思います。
特にサウロ、後のパウロの動向を考察することは、「クリスチャン」である事の大きな導きとなります。
そこで使徒の働き9章から始めます。
この箇所は、クリスチャンを迫害するサウロがダマスコの途上突如として強い光を受け倒れます。サウロの証言はイエスを見た。その声を聞いたでした。4、5節
   サウロは以前の様ではありませんでした。20節
「イエスは神の子であると宣べ伝え始めた」
サウロを知る人々もその変化に戸惑うのです。21節
   この変化をどう捉えるべきでしょうか。
   迫害する熱心さが、伝道する熱心に変わった事だけは間違いがないようです。サウロはユダヤ教の律法学者としても評価が高い人でした。イエスに出会うまで、ユダヤ教の教えや律法を学ぶだけでは、イエスが神の子であるとは気付かなかったのでしょうか?
イエスの弟子たちの声に耳を傾けていなかったのでしょうか?
いや、話は聞いていたと思います。理解をしようとは思わなかった。あるいは、今までの教えや学びは、イエスに繋がるものではなかったのかも知れません。
当時の聖書(旧約)から発掘するのは難しく、イエスを知る(福音)を知る事で聖書そのものが分かる(解き明かし)のがサウロを考察して発見できます。
   また、それだけでは身につくことがありません。サウロの変化には「天からの光」が重要だとも思います。これは特別な啓示であって、弟子たちに下った聖霊降臨と同じと考えられます。啓示がなければ、サウロに変化は無かったと考察します。私たちにも言える事は、知恵と知識だけでは変化はない。抽象的に言われている「火」「光」などによる「聖」(ホーリネス)の象徴が大きく作用している事に違いない。この出来事は決して特別なのではなく、昔から多くのクリスチャンが体験し、変化したものとして証がなされ、社会の闇に証(貢献)をしてきました。私たちは社会の仕組みに貢献するのみではなく、御国の貢献者となれるように努めます。その為には「聖」が欠かせないと考察するのです。
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聖書の話し

   前回(2018年2月4日)のテーマは「主の御心を求めて」でした。御心を求める上で大切なのは「まことの礼拝」であり、2つの姿勢を取り上げました。① 心に祭壇を築き、日々主の御前に出て礼拝を捧げるです。② 1人ではなく、「集まって」礼拝を「聖日」に捧げる事です。
先週の問いによる応答は次の通りです。
A、施設の「教会」に繋がらなければ「礼拝」は出来ないのでしょうか?
「集まって」の問いに施設は必要だと分かります。礼拝は複数で催すものです。使徒の時代は「家の教会」でした。
B、「まことの礼拝」「信仰による成長」は、「躓き」によって出来なくなるのでしょうか?
「はい」その通りです。躓きor疑いは、自分本位の決断が優先となります。そのような状態で「まことの礼拝」を捧げる事はできません。それと「聖書」のみことばが優先されないので、たましいを養うこともできません。「恐れ」「不安」「疑い」「怒り」「つぶやき」「高慢」などは「躓く」事の原因ともなるのです。
   私たちは「躓く」事のない人生を送りたいものです。「後悔」や「失敗」があっても、イエス様を信じ「改めて」前に進む事があれば大きく恵みを得ます。それこそ、「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです。」マルコ5:34 となります。
「躓き」は折角の恵みを「無」にする思いです。私たちは出来事を見て「躓く」必要はありません。例えそれが私に向けられても「躓く」必要は無いのです。何故なら、それはイエス様と私の関係だからです。人との関係で「躓く」事が生じたならば「あわれみ」を抱くように工夫をすべきです。それが聖書の教えです。
つまり「憐れむ」「ゆるす」「悔い改める」「互いに」を自分のたましいに言い聞かせ、主が慕う心に向ける事です。それが礼拝に必要な姿勢と繋がります。
   センターは、礼拝に向く人間性を養う場でありたいと願います。養われ続ける生き方が「宣証」と言われる伝道法であって、人が生きていく過程で必要な捉え方となります。
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センター方針

ダウンロード
2018年度 センターの方針
日曜日 兄姉と共に今年の方針を確認した。
センター資料 2018.pdf
PDFファイル 82.7 KB

会津を訪問

今日は、センター会員である夫婦を訪問した。
会津に住まれていて、初めて訪問をした。
そんな記念すべき日に雪であった。
霧が辺りをたちこめる。
ほんと寒い!
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今年も、あと1ヶ月と7日間。

今年もあと少し・・・!

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仙台ミッションセンターのブログが新しくなりました!

スタッフの義道と申します。いつも仙台ミッションセンターのホームページを見てくださってありがとうございます(^^)

この度、バラバラになっていた活動報告等のページを一つにまとめさせていただきました。これによりすっきりとして見やすくなるのではないかと思います。

 

今まで投稿してきた過去のブログについてはまだ未定ですが、過去ブログとしてまとめてみようと思います。(かなり時間がかかるかも・・・)

 

 

また今回は新たに追加機能として、

コメントが投稿できるようにしました。

投稿されたコメントについて、事前に私の方で確認後にブログに反映されるようにいたしました!

匿名での投稿も問題ありませんので遠慮せず投稿して見てくださいね♪

※事前に確認するのは迷惑コメントが自由に投稿されないようにするためです。

 

また他にも、SNS連携ができるようになっていますのでご利用ください。

 

地域支援ネットワーク架け橋 の活動については別に専用のホームページがありますので、ホームページのリンクから飛んで見てください。

 

今後とも仙台ミッションセンターをよろしくおねがいいたします。

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